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墨岡通信

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2020年07月21日

カテゴリー:院長より

見果てぬ夢の地平を透視するものへ-176

 やがて、街は落着いた家並を見せはじめ、旧家が多くなり、下町らしい商店がたちならんだりする。
「この先の右手に映画館があるよ。」
 N・Hさんはやや無表情に呟くように言った。私は半信半疑だった。15年前のN・Hさんの記憶と、この時世に15年も前から同じ場所にある場末の映画館の存在など私には信じられないことだったのだ。
 だが、果してその場所に映画館はあったのだ。それは、どこにでもあるようなちっぽけな閑散とした劇場で、いまは所謂ポルノ映画の三本立上映館であった。
 「この映画館にはよく行ったですね。この辺はよく仕事の配達で通ったしね。ずいぶん変ってしまったけれど。」
 ポツリ、ポツリとN・Hさんは語るのだった。
 K駅から歩いて15分程で、それでも私達はN・Hさんの弟さん夫婦が住む都営住宅に至ることができた。
 15年前は、木造一個建の住宅だったというその都営住宅は、今ではどこにでもあるような高層住宅の団地に変っていた。
 弟さんは、その一棟の一階店舗付住宅で紙箱製造を営んでいた。職業は15年前とは変らない。店舗の入口で自己紹介をする私達の背後にN・Hさんの姿を見つけて、弟さんは小さく叫んだ。「あ、兄貴だ!」

(Ⅳ私的表現考/世界の病むこと つづく…)

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