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墨岡通信

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2024年10月10日

カテゴリー:院長より

見果てぬ夢の地平を透視するものへ -5-

石原吉郎がラーゲリについて語るとき、そして同時にほとんど石原吉郎がラーゲリのみについてしか語らないとき、私はそこに意識の内側から棄民の範疇をきわだたせ、自分以外の誰もが表現しきれない<いのちの核>を擁護せざるを得ないところに追い込まれた一人の男の姿を措定してみる。石原吉郎の言葉は告発でもなければ証言でもないが、それは本質的に状況の声であることに相違ない。
例えば、同じようにスターリン体制下のラーゲリでの経験を思考のバネとして<自立>への過程を歩まなければならなかったはずの内村剛介の場合、その遅々とした前進が確実に外部の標的に向って膨張していくのに対して石原吉郎の言葉は時代の影をいっそう背負って苦渋に満ちている。
私はここで、内村剛介がスターリン体制を「言葉で被覆した病める暴力」と形容したことを思い出している。そのあとで内村剛介は述べている。
「思えばわれわれは告発ばかりしてきた。そして、告発すなわち裁きであるといつの間にか思い込んでいる。冗談ではない。裁きは少なくとも暴力に対する確固たる主体の定立を前提としているのだ。」(内村剛介「『告発』と『裁き』」)
さらに、内村剛介は次のように書いたことがある。
「ほんとうに絶望した者は喋らない。書きもしない。いちど絶望した者が立ち直ってそれを書くということがもしあるとすれば、その人は書くまえにまずひどくややこしい時間を自分のものにしなければならぬ。さてそのようにして、曲りなりにも絶望をことばに移しえたと自らに語りきかせたとしても、その“絶望”はしょせんリテラチュア、つまり『書きもの』にすぎず、彼自身は一個無残な『物書き』なのである。彼は虚空の前に佇み、恥ずかしい思いをするだけである。誰に対して恥じ入るのか? それがわかるくらいなら恥じ入りはしない。そのさい彼にとってたしかなことは“絶望”というものとのかかわりあいはこのように絶望的であるということである。」(「表現の極点としてのことばの非在」)
石原吉郎もこのことは、はっきりと記している。そしてこうした意識の集積が、帰国後の石原吉郎の表現行為を色濃く規定していることも想定していいだろう。だが私は石原吉郎が次のように述べるのをみるとき、石原吉郎の表現の切っ先が横切っている地平は、何か一層苦しいものであるように思うのだ。(Ⅰ詩人論/『望郷と海』覚え書つづく・・・)

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