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墨岡通信

成城墨岡クリニックによるブログ形式の情報ページです。

2008年04月25日

カテゴリー:院長より

見果てぬ夢の地平を透視するものへ -3-

私達の外在的状況をめぐる甚だしい失語の雪崩れの中で根源的に問われ続けているのは、その重量に耐え得るだけの確かな内部の声であると私は思う。例えば、私にとってどのようにも避けて通ることの出来ない数多くの出来事がある。かつて吉本隆明はスターリン批判、そして六十年以後の思想的営為を「前衛」と「自立」とに裁断してみせたが、吉本隆明自身の壮絶な、いわば地滑り的苦闘にもかかわらず、そのおぞましい「自立」の声は「前衛」の喪失という外部の季節風の中で、幾多の証言をおきざりにしたまま現実によって確実に先取りされてしまった。その苦闘の過程で、吉本隆明は、六・一五被告、常木守の特別弁護人となり、「思想的弁護論」を書いた訳だが、
「わたしは、この裁判の公訴の対象となっている昭和三十五年六月十五日の国会南通用門における共産主義者同盟の主導下の全学連学生と警官隊の第一次衝突に、まったく偶然の事故から参加しえなかった。もちろん時間を遅延させる事故がなかったならば当然参加していたとかんがえる。したがって、わたしは、この裁判の公訴にたいして架空の被告としての思想的連帯をもっている。」(「思想的弁護論」)
と述べる吉本隆明の立場と、
「(その後)五年の間に、この理念上のスクラムはとことんまで解体してしまったのです。ほとんど被告の数と同盟の立場にまでね。」(常木守『日本読売新聞』42・7・3)
と自嘲的に語る常木守の立場との激しい落差の本質は一体何なのだろうか。恐らくは、次に私達の世代が経験した新しい闘いの上昇とその没落はこの放射線状にあるように思われる。だからこそ、この事柄の本質をとらえ得ない限り、私は私自身のものとして安易に「自立」を語ることは出来はしない。
(Ⅰ詩人論/『望郷と海』覚え書つづく・・・)

2008年04月15日

カテゴリー:院長より

見果てぬ夢の地平を透視するものへ -2-

『望郷と海』覚え書

おびただしい失語状態とも言うべきものが確かに私たちをとりまいている。逼迫した言語をもって<この苦渋!>と、言葉するとき、私達の感性の総てはある一点を指し続けたまま凍結してしまう。厳として存在する巨大な流通機構と権力と権力構造。その背後に巧妙に位置する影の機構。<対峙せよ!>と、沈黙の内に決意するとき、私達は既にいささかの展望も、いかなる効果も期待していない。私達の根拠を問うとすれば、それは唯一拙劣な国訛でしかない。おそらくは人間にとってぬぐい去り難い魂の国訛。


『望郷と海』は、かつて「私にとって人間と自由とは、ただシベリヤにしか存在しない(もっと正確には、シベリヤの強制収容所にしか存在しない。)日のあけくれがじかに不条理である場所で、人間は初めて自由に未来を想いえがくことができるであろう。」と記した石原吉郎の、東シベリヤ、カラカンダ第二刑務所での認識と生命の存在を反芻する軌跡である。
石原吉郎の表現行為のほとんど極小の片々にしか触れ得ないと思いながら、例えば石原吉郎が次のように述べるとき、私は激しい感動に襲われる。
 「ジェノサイド(大量殺戮)という言葉は、私にはついに理解できない言葉である。ただ、この言葉のおそろしさだけは実感できる。ジェノサイドのおそろしさは、一時に大量の人間が殺戮されることにあるのではない。そのなかに、ひとりひとりの死がないということが、私にはおそろしいのだ。人間が被害においてついに自立できず、ただ集団であるにすぎないときは、その死においても自立することなく、集団のままであるだろう。死においてただ数であるとき、それは絶望そのものである。人は死において、ひとりひとりその名を呼ばれなければならないものだ。」(「確認されない死のなかで」)
石原吉郎の詩と多くの散文はただ<表現>としか言いようのないものである。それは本質的に人間の<表現>であってそれ以外のなにものでもあり得ない。(Ⅰ詩人論/『望郷と海』覚え書 つづく・・・)

2008年04月08日

カテゴリー:院長より

見果てぬ夢の地平を透視するものへ -1-

詩の世界社より1976年に発行された墨岡先生の著書「見果てぬ夢の地平を透視するものへ」を本日より少しずつ掲載します。
20代の頃の墨岡先生が何年間にわたり書き綴ってきた小文をお楽しみください。



『見果てぬ夢の地平を透視するものへ 』

Ⅰ詩人論

私の表現にとって、避けて通ることのできなかった幾人かの詩人について述べた小文をほぼ年代順にならべた。この間に私の方法論も変化したし、私をとりまく状況も変化した。その意味では、まず何よりも私自身の<状況論>を註としてあげなければならないかも知れないが、そのための客観化もいまは不可能に近い。いずれにしても、まだ私にとっての現象的苦渋は過ぎ去っていない。
「山本太郎論」の各章は、かつて「山本太郎論のためのノート」として、独立して別々に発表したものである。 (つづく・・・)

2004年11月12日

カテゴリー:院長より

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